男女平等の観念は貞操についても一緒だと主張
貞淑で処女の妻をもちたければ、それまで童貞を貫くべき
専門家ではない一般の読者にむけておびただしい数の通俗性欲学雑誌や文献が発行され、家庭雑誌などに掲載された「身の下相談」にも通俗性欲学の言説はしばしば登場した。一面で通俗性欲学は、保守本流の医学界からバカにされることもあった。だから、医学界全体で性欲三銃士のいうことがどれだけ支持されていたかは定かではない。だが、引用したテクストからは、彼らがわざわざ男女の貞操に生物学的差異を設けようとした、その営みは確認できる。では、このような「性交反応説」が導く結論とはどんなものだったのか。
第一に、女性にたいする性的放縦の戒めである。田中はワルドスタインとエクレルの発見によって「往古より貞操を破壊し、またその躁躍された婦人を身の汚れたる者と認めたのは、生たし物学上より見て憐かに根拠のあること」としてレイプされた女性が「汚れている」のは科学的根拠があると結論し、また複数の男性に接して血を汚す「自由恋愛」を批判する(四七頁)。
羽太も「女子が貞操を厳守せねばならない」ことを支持し(二一頁)、澤田も「貞操の貴いこと」が科学的に証明されたとする(一九頁)。第二に、これは男性にたいする性的放縦の戒めとしても機能する。羽太は、妊娠せずともたった一度の性交でも女体に特殊な変化が生じるという新説をもって、妊娠してはじめて「生物学上特殊の関係」がむすばれるとする旧説を排する。そして「男子としてもかくの如き変化を起さしめた女に就いては、飽まで責任を負ふべき義務ある」ことを確認するのである(二一頁)。つまり、男も女も(配偶者、つまり決まった性的パートナーを得るまで)セックスするな、というのが、性欲三銃士の結論だ。
都市部で高等教育を受ける者に特有の現象だろうから、「今の世」全体の傾向と額面どおりにとるのは間違いであるにしても、こういう状況があったことは事実だろう。「胸を灼く様な欲求」を解消せんがために「柳暗花明の巷」つまり芸娼妓のいる街へついつい足をふみいれてしまう、という。
第一章でみた山本・安田調査でも、学生たちの童貞喪失の相手の三割強は娼妓であった。早婚させようというのも実現不可能なら、学生に娼妓とセックスするなと要求するのも無理だったわけだ。童貞主義は「家庭」をめざす浅田の「童貞論」にもどろう。浅田は、「童貞を守っている間に生殖器官や精子を使わないでいると、精子製造機能が退化してしまうのではないか」とおそれる読者に、その心配はないとアドバイスする。
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